ネコの尻尾を追いかけて

大野くんと、まつわる諸々、ツイートまとめも

【ランダムに思い出のARASHI DISCOVERY】2017年2月28日 それが、わたくし大野智でございます(自分のペースで行かせて)

おはようございます。嵐の大野智です。
今日の一言、かもんっ!


『絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること、それが最も素晴らしい偉業である。』


これは、アメリカの思想家ラルフ・ウォルド・エマーソンさんの言葉です。
何かに影響されてはいけない、という事ではなく、何かを判断する時に、自分をしっかり持って判断しましょう、という事です。


ねぇ、自分らしく、マイペースですね。
自分のペースで、えぇ、動くという事ですよ。


ぼくはマイペースですか?
うーん…、自分じゃよく分からないですよね、自分の事なんかさっぱり。うん…。
まぁでも、自分の時間は大切にする~大切っつーか、無いとダメなタイプですね。うん。
だから、申し訳ないけど、ラジオ通じて言いますよ。

後輩とか、その他の友達、誘われますよ。
いつ食事に行きますか、とか。いつ空いてるんだとか。ありがたいんですよそりゃ。で、まぁよく口グセのように、タイミングが合ったら行こうねと(笑)言ってしまいます。

ぼくの友達、このラジオ聞いて、いて欲しくないですが、もう~~…よく入れます、タイミング合えば行こう。
多分それをメールで打ち過ぎたんでしょうね。
一人の友達から、またこれかと思ったんでしょうね。
「いや、タイミングというものは、作るものだ!」言われましてね。
ごめんなさいと、送りましたよ。


なんかねぇ~約束があまり(笑)できないんだよね(笑)約束できないんだよなぁ~。マイペースだから?

例えば、一週間前に、約束できないんだよね。
気分変わる、かもしれないじゃん。

いや、なんか、何だろう?仕事入るかも、っていうんでもなく、例えば一週間後は休み、ってもし決まってたら、休みじゃなくてもいい、早く終わる日とか。
で、そこに予定入れちゃうと~、あっやべっあと三日後だ、あと二日後だ、とか思って、あの、だんだん、あの…えへへ…(笑)ね~(笑)
ヤバイ!ヤバイ!(笑)一人で居たくなって来た!(笑)って、なりますよ。

正直、断った事もあります。正直に言った事もあります。
ちょっと、ごめん。ちょっと気分が違うと(笑)んふふっ(笑)
って言った事もあります。

まぁ結果、一人でスーパーに行って、家でタコとキュウリを切って、一人でお酒を呑んで、過ごしてんのが、正直っ!好きですっ!

それが、わたくし大野智でございます(笑)


自分のペースで、これからも、どうか、行かせてください。
以上大野智でした。

「歌手は聴く方の代弁者 感情を込めて歌ってはダメ」

2015年2月21日放送
心ゆさぶれ!先輩 ROCK YOU

内容:演歌SP!ベテラン八代亜紀VS大注目若手の山内惠介

出演:加藤浩次大東駿介木南晴夏(以下敬省略)


~番組トークからの抜粋~


大東「それでは早速、お二人さん心ゆさぶるものは何なのか、探っていきたいと思います!まず最初はこちら!心ゆさぶる!“実は感情なんて込めてません!”」
木南「え~!」
加藤「ちょっと待って下さい!これは演歌歌うのにという事ですか?八代さん?」
八代「そうそうそう、感情込めない」
加藤・大東「えっ!?」
大東「そんなテンションで今おっしゃりましたけど、じゃあビックリです」
加藤「演歌って感情ありきじゃないですか?」
大東「ね?」
八代「違うの」

――あれ?今までゲストに来て下さったミュージシャンの皆さんは、こんな事おっしゃってましたが?

大東「(クリス・ハートさん)どんな曲でもそのキャラクターになり切る。『涙そうそう』は沖縄に住んでる人の気持ちを意識して歌う」
八代「そうね、そういう人もいるかもしれない」
大東「(中島美嘉さん)感情移入が激しすぎる。技術よりも“感情”と“伝える”ということが前に出ちゃう」
八代「う~ん」
大東「(JUJUさん)歌詞が、感情として経験したことが無い内容だったら絶対に歌わない」
八代「へぇ~。私、歌の中に自分の経験どれもないもん」
加藤「え?でもね、八代さん、『舟唄』で、『お酒はぬるめの燗がいい~』ってあるじゃないですか?」
八代「最高じゃないですか!」
加藤「入ってるでしょ?気持ち?」
八代「それ感情じゃない、八代の声なの」
加藤「声?」
八代「感情出てるように見えちゃうんでしょうね」
加藤「見えるだけ?八代さんの場合は?」
八代「そうです。感情入れると、自分の心も出ちゃうわけですよ。その歌手の人の人生観とか出ちゃうわけですよ」
加藤「それいいんじゃないですか?」
八代「ダメなの、それ」
加藤「え~!」
八代「歌は代弁しなきゃいけないと、私は思うのね。聴く方の代弁者。自分の事をこの声が歌ってくれてありがとうと思われなきゃいけない」
木南「自分の世界に置き換えられるように?」
八代「そう、聞く人の事なの」
加藤「木南にしても僕にしても大東にしても、歩んできた人生が違うから…」 
八代「違うでしょ?」 
加藤「だから『舟唄』聴いた時に、自分の『舟唄』にしてほしい?」
八代「そういう事。そうでないといけないと私は思ってるのね」
加藤「そうか、ただの代弁者であるべきだと?」
八代「代弁者です。失恋してて、辛い思いしてて、悲しい歌を歌えないの。で、ホントに恋人が出来て、とても幸せで、だから悲しい歌が歌えるの」
一同「へぇ」
加藤「でも悲しい経験も無いと、歌えなかったりしません?」
八代「そういうのはね、自分の中で消化して、楽しく歌った方が悲しく聞こえちゃう時ある」
加藤「はぁ~深い!!それは深い!!」
大東「受け手側はそれを聴いた側はそういう事なのか」
木南「難しい」
加藤「別れの時に、フッと笑顔とか作る方が悲しくなったりするもんね」
八代「その方が悲しいの。私はだから、悲しいね~辛いね~辛いね~辛いね~って(悲しそうに)歌わないの。辛いね~って歌った方がグッときちゃうの、みんな」
加藤「すごい!」
大東「確かにそうやわ」
加藤「今日ちょっと『舟唄』用意してるんで。それを踏まえてちょっと聞いてみましょうか?」

(♪『舟唄』流れる)

八代「軽く…」
加藤「言われたらそれ分かる!」
木南「悲しく歌ってないですね」
八代「ね~歌ってないの」
加藤「ちょっと八代さん自身、八代亜紀さんを入れて歌うとどんな感じになります?感情入れて歌うと?」
八代「え?入れてみると?作りね、オーバーにすると『しみじみ飲めばしみじみと~(すごく悲しそうに)』ってやったら嫌でしょ?」
加藤「ヤダ!」
一同「(笑)」
八代「でしょ?ヤでしょ?」
大東「それ重たいですね、なかなかね」
八代「これがだからダメなの。代弁者にならないといけない」

大東「続いていってみましょう!続いての心ゆさぶるものはこちら!心ゆさぶる!“裏の通用口で…”」
八代「10代の時に銀座で歌っててね、歌の心ってのを知ったんですよ」
加藤「え?10代で?」
八代「女心をね」

ーー銀座のクラブの裏にはこんなドラマがありました

八代「例えばさ、昼のクラブはね、綺麗なお姉さんたちがね、給料日になった時にね、裏口で給料もらいに来てる恋人とかいるんですよ」
加藤「へぇ~金の無心というかね」
八代「そう。その時に、あんな綺麗なお姉さんが、なんか辛い顔して『今日はこれ位しかないから、渡せないから』って言って、渡してる姿を私、見た時にすごく切なくて、なんか女心ってこういう事なんだなって、表では笑ってて、裏では泣いてるって言うね…」
八代「歌の心っていうのはそういう事なんだな~と思って、それで私、歌がちょっと変わったというか、『辛いね~』(辛そうに歌うん)じゃなくて、『辛いね』って歌うんですね。そしたらホステスのお姉さんたちが『うぉ~』って泣き出しちゃったんですよ」
八代「だからその自分なりの歌い方で歌うんじゃなくてね、辛い時は最後『辛いね~』って言うと、ガッって心をがつかめるんだなって事を知ったんですよ」

加藤「そこからガラッと変わったと?」
八代「そっからです。八代亜紀の今のプラスになってるの」



この八代さんのお話と同じことをテノール歌手の秋川雅史さんも話されている。
「千の風になって」で話題のテノール歌手、秋川雅史インタビュー - CDJournal CDJ PUSH

「この曲(『千の風になって』)を歌うようになってから、歌にとっての詩の大切さを今まで以上に感じるようになりました」
 しかし、歌い手として詩と向き合う方法は以前と変わらない。「詩に感情を込めて歌うのではなく、ひとつひとつの言葉を丁寧にメロディに当てはめることだけを考える」と強調する。感動を誘う歌唱からすれば逆説的にも聞こえるが、「そうすることで詩の持つ力を一層引き出すことができる。音楽の詩は聴く人が解釈するもの。歌い手がどう感じるかじゃなくて、聴く人がどう感じるかが大切だと思っています」


本日発売の『女性自身2019年1月1日・8日号』で大野くんが次のように話していているのを見て、すぐ八代さん秋川さんの前述トークを思い出した。

Q:歌を通して表現したいことは?
A:デビューから今も、自分の勝手な思いだけで歌わないようにしている。

大野くんと言えば、その透明感ある歌声による歌唱力の高さは恐らくファンの贔屓目なく広く知られるところのはずだが、クセの少ないストレートな歌い方をする為か、無機質無感情に聞こえると言う人も中にはいるようだ。
だけど、それが八代さん秋川さんのように意識的に行われているのならば、これまた彼のプロフェッショナルぶりに唸るばかり。


八代さんが「そういう(感情を込める)人もいるのかもしれない」と言われている通り、もちろん歌唱スタイルも様々だと思うしそこに優劣など無いだろう。
ただ、長年ファンの間で幾度となく挙がっていたこの話題。
他のベテラン実力派歌手の方々も取り入れている同じスタイルを、私の推しもナチュラルにそして長年一貫して意識して来たと、言葉少ない彼自身の口から語られた事が何だか面白く、ここに記しておきたくなった次第。

因みに、大野くんの歌声の最大の特徴は「哀愁感」を帯びている点だと分析したのは2010年の日経エンタテインメント。
実は私にもそう聴こえることは多い。
だけど、そう聞こえる哀愁感もまた、あの歌声が単に聞き手である我々の感情の受け皿になっているだけの事なのだろうか…?

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まぁでも、彼のソロドラマ挿入曲『ユカイツーカイ怪物くん』について大野くんが「怪物くんはこんな感じかなと思って能天気に歌った」と自身ラジオで話していた事もある。
主演ドラマ『歌のおにいさん』ソロ主題歌『曇りのち、快晴』にも『健太』を感じるというファンは多い。
臨機応変は当然あるんだろうね。

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ミュージカルだったら、ただ歌って音程合ってるだけがいいかって言ったら違うと思うし。やっぱりそこに感情が入ってなきゃいけないし、とか考えると、別に綺麗に歌う事だけがうまいわけでもないんだろうなあ(2017年 CUT)

【ランダムに思い出のARASHI DISCOVERY】2014年11月6日 人と比べてはダメ、昨日の自分と比べなさい(ビデオテープ千切れるほど見てダンス研鑽)

おはようございます。嵐の大野智です。
今日の一言かもんっ!

『私は他の誰かより上手く踊ろうとしてはいない。ただ、自分自身より上手く踊ろうとしているだけだ。』

似てると思うんだよね、言い方。
これは世界的に有名なバレエダンサー、ミハイル・バリシニコフさんの言葉です。…ね。ええ、日本人じゃなかったですね(笑)

旧ソ連出身のバリシニコフさんは、1974年にアメリカに亡命し、1977年に、映画「愛と喝采の日々」でアカデミー賞にノミネートされています。
ほぉーすごいなぁ~。
この言葉はリスナーのもんもんさんから教えていただきました。
メールを読みますと、

この言葉は、大野さんも同じような事をよく言っているような気がして選んでみました。
この言葉ってダンス以外にも通じますよね。
大野さんのその言葉を目にしたり読んだりする度に、そうだよな~と思うのですが、つい他人と自分を比べたり勝手に競う気持ちになったりして、ダメだな~と落ち込んでいます。
大野さんは、いつからそんな風に思えるようにようになったのですか?最初からですか?

あ~~、いや?人間、比べるよね人と。最初、は。若い内は。ボクもあったもんねぇ、十代は。人と勝手に比べてたよね。いいな~とか。あるよねそれは。

でも、いつからだろうね~。なんかね本もらってね、人~と比べてはダメみたいな言葉があって。昨日の自分と比べなさいみたいな。昨日より、何でもいいから一歩成長する自分になってなさい、みたいな。

は~かっこいいなと思って。
そうしていけばいいんだみたいな、言葉をおいら目にした時に、そっから変わったかな。それがね、たぶん18、19くらいなんだよ。デビュー当時かな。
まあ、この話、ダンスで言ったら、ボクはね~なんかね、「あの人のダンスかっこいいな真似しよう」で、真似…して近づ…こうとしてた、ずっと。

でもやっぱり最初の方はね、出来ないじゃないそんな上手く真似。
そんで、ジュニアん時、まだ踊りが自分なかで好きだけど極まってない時ってさ、なんか踊るじゃん歌番組かなんかで。
で、なんか、自分で「わっ、完璧に踊れたな」でビデオ見返したら、全然イメージと違うことが山ほどあって。もう、腹立ってたね…時があったね。
それでね、上手い人のダンスビデオ、もうテープちぎれんじゃねーかってくらい、家帰ってず~っと見て、それを、自分に置き換えて、想像の世界でやって。そしたらだんだん近付いてきて。
わぁ~っ…できた!って時あったね。うん、積み重ねてたかもね。好きだったからね。
まぁ最初は出来ないけど。一気に出来ないよね、そういう、ね。徐々にだよ、徐々に。
近道は、するとダメですよ、なんでも。

ええ~。いい話したね。久々に。 
そうだね、このいい話、このいい流れの空気のまま、ライブ頑張りましょうか、大野智
ちゃんとやれよっははははは(笑)

以上大野智でしたっ。

「untitled」ツアーパンフレットから見える彼と彼らの精神と「ソロ曲」についての抜粋

 

 今年のツアーは残念ながら私はお留守番となってしまったのだけど、パンフレットだけは友人の伝のご厚意により早々に入手完了。

今回に限らず、情報満載のツアーパンフレットは読めば読むほど、書店で手にするように簡単に気軽に多くのファンに行き渡らない現状をいつも残念に思う。


しかし、この「untitled」
そのパンフレット一冊の中に詰められた経緯や気持ちも、彼らは別に知られなければ知られないでもいいとさえ思っているのかもしれない。
それこそ、どう誤解されようとも、アルバムや後に発売される(と期待される)コンサート映像を、見聞きし感じたそのものだけ受け止めてくれれば良いと。

そんな事を、タイトルからも見えるアルバムコンセプトや入手困難な伝達手段から感じたりもした。


例えば、
大野くんがパンフレットで話しているこの言葉には、どこかで見覚えが…。

 

『「untitled」』っていうタイトルはね、意味を限定していないところがいいなって思った。“タイトルがない”ってことは、逆にいろんな事が試せたり、それだけ自由だったりするから。だから別に…ライブでも、アルバムでも、最終的な“正解”を見つける必要もないし。それを聴いた人、見た人が、感じたものでいいんじゃないかなって。

 


そう、つまり『「untitled」 』も大野くんの作品集&個展『FREE STYLE』の精神と同じなんですね。

 

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まぁ…でも、……楽に見てほしい、……うん

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いや…笑ってくれたらいいよ、やっぱ…
楽しく帰ってくれたら、いいぃ…、よね
(個展『FREE STYLE』メイキング映像より)

 

 

 皆さん、お久しぶりです!前回の個展('08年)から、なんと7年もかかっちゃいました…すみません(笑)。今回発表する作品は、この7年間で新たに作ってきた“今の自分”です。大野智としても、嵐としての自分も、やっぱり前回の時とは全然違うと思うし。あれから、いろんな出会いもあり、葛藤もあり…っていう、この“7年分の自分”が見えるものになってるんじゃないかと思う。

前回の個展を経て、おいらがどう変わったのか?それが、全てだと思うから。こういう風に見てほしいとか、こんな事を伝えたいとか…そういうものは、ありません(笑)。

この作品集も、見方は自由だし、何を感じるかも自由。何を思ってくれてもいい。気軽に見て、楽しんでもらえたら、それだけでうれしいです。
(作品集『FREE STYLEⅡ』前書き)

 

改めて読み直すと、この『FREE STYLEⅡ』、前書きから後書きから「メンバーへ」まで、全てが切ない…。

ただただ彼としては、純粋にキラキラした気持ちでしかなかっただろうに。
FREE STYLEは、ファンの子が見たがっているから、待ってくれているから、という彼らしい素直な気持ちからスタートし、お裾分けで見せてくれた、ありのままの彼いわくの『日記』だった。
わたしは、大人になっても消えない彼の自由で純朴なあどけなさが尊く大好きだ。
いつまでも雲の上で、(*´・∀・)<みんないい人、と笑いながらフワフワと浮世離れしていてくれたら、もうそれでいい。


少し逸れたけど、話は戻り、、、

今回のパンフレット個人ページでは、大野くんと似たような意味合いでやはり松本くんもアートの「無題」「untitled」を例に出しアルバム「untitled」を語っている。


だからパンフレットで語られている内容は、彼らが周知を徹底して望むならば他の媒体で話す機会だってあったはずなのに、それをしないのは、彼らの美学のようなものなのかもしれない。そう思ったのだ。
そして、『6人目の嵐』への信頼?

とは思うものの、彼らがそれで良くても、ファンという存在はやはり出来るだけ応援対象を理解したいと思うものだし、先の見えない暗闇が続けばつらくて、もがく事だってあるわけで。
好きな人が悪く誤解されれば、それもまた、どこのおたくだってたまらなくつらいわけで。

 

まだツアーも始まったばかりだし迷ったけれど、そのような状態でファンが混沌とし、ツアーが終了してもなお延々と誤解や誰かが不利益を被る憶測が蔓延し続けるようなことも良しとは思えず。

『ソロ曲』についてと、それに関連する『夜の影』について彼らが話している部分だけ、後ほどパンフレットから一部この場に抜粋して置かせてもらいたい。
パンフレットを手にする機会に恵まれない方の目にも触れてくれると良いなという思いも込め。

 


その前に。
前回のアルバム『Are You Happy? 』で、その斬新さからディレクター達を不安がらせた果て、見事美しいハーモニーを作り上げた大野くん監修曲『Miles away』

あれからカップリングを中心とする嵐曲の、主に歌割りに影響を感じる事が幾度かあったのは、気のせいか?とも思っていたものの、今回のアルバム「untitled」ではその感触は最たるものとなったし、同担他担問わず同様の意見は散見された。

そして、今回のユニット曲の組み合わせを決めたのは制作陣とのこと。

松本くんいわく、『全組み合わせをやるわけにはいかないから、制作側からユニット案を提案してもらって。今回の組み合わせは、自分たちが「この人とやりたい」っていうよりも、制作陣が聴きたかった、見たかった人選だったってことですね(笑)』

二宮くんいわく、『ウチは5人だから、その組み分けも「もしどうしてもソロをやりたい人がいたら、ソロ、2人曲、2人曲(の合計3曲)でいくのか?」とか、「2人の組み合わせ×5曲がいいのか?」とか、もちろん考えたし。そんな中で、制作陣が“2人ユニットで2曲、3人ユニットで2曲”っていう形を選んでくれたんだよね。』

 

結局そこもMiles awayに影響された挑戦が続いているのでは?と私には思える。

嵐曲は、基本的に昔からソロパートの多さだけに留まらずユニゾンでも大野くんの歌声が目立つよう調整される事が多かったと思うし、それはつまり、大野くんを投入するとどの組み合わせでもハーモニーの結果が容易く想像できてしまうということ。
従来と違う新しい挑戦がしたいなら、確かにユニット、中でも限られたコンビ曲があの組み合わせになるのも分かる気がした。当然、寂しいけど…(* ;∀;)

 

参考までに、嵐の過去のツアー限定ユニット曲はこんな感じ。

 

【2001-2002年冬「JOIN THE STORM」ツアー】
「Get yourself arrested」(櫻井・松本)※カバー曲
「不良」(大野・相葉・二宮)※カバー曲

 

【2002-2003年冬「新嵐」ツアー】
「幸福論」(松本、相葉)※カバー曲
「I'll Make Love to You」(櫻井、相葉)
「大宮SKソング」(大野、二宮)
「Touch the Breath」(大野、松本)
「L.G.G.P.N」(櫻井、二宮)

 

【2003-2004年冬「LIVE IS HARD だからHAPPY」ツアー】
「もういない...ない」(二宮、松本)
「街が色づく頃」(大野、相葉)
※このツアーで櫻井くんはソロ

 

 要するに、「untitled」というアルバムは、Miles awayから大野くんが先導、そして扇動して来た新しい嵐音楽の形なのではないか、と。
もしかしたら、嵐で出すのに自分の声ばかり出過ぎているのは変だし皆で歌った方がいいから、と自らソロパートを減らしてもらったtruthから既に始まっていたのかもしれない。

だから今回のアルバムの諸々、私には大野くん本人の意思がひしひしと感じられる次第なのです。
その是非や好みはさて置き。

 


※以下、「untitled」パンフレット抜粋紹介。ネタバレご注意。

 

 

 

大野:
今回、ソロがなくて、久しぶりにユニット曲をやってるんだけど。それも、ちょっと新鮮に感じてもらえるかなと思うし、個人的にはユニットでよかったと思うけどね。どうしてもソロがなくちゃいけないとか、そういうことはないと思っていて。やりたい事がある人は、それはやった方がいいと思うけど、みんなで話していて「今ソロで見せるより、ユニットで見せる方が新鮮で面白いことができるんじゃないかな」って。それで今回はこういう形になったってことかな。

二宮:
こうしてユニットでやるのって久しぶりだよね。やって良かったんじゃないかな。俺はそう思ってるけどね。ソロって絶対やらなきゃいけないってものではないし「ユニットでやってみるのもいいんじゃない?」って、今回みんなで話して。ウチは5人だから、その組み分けも「もしどうしてもソロをやりたい人がいたら、ソロ、2人曲、2人曲(の合計3曲)でいくのか?」とか、「2人の組み合わせ×5曲がいいのか?」とか、もちろん考えたし。そんな中で、制作陣が“2人ユニットで2曲、3人ユニットで2曲”っていう形を選んでくれたんだよね。やっぱり、コンサート中の着替えとかステージ移動のことを考えると、5人で歌わないそういう曲っていうのは必要になってくるから。いい形に着地したんじゃないかなって思いますね。

 松本:
今回、ソロでなくユニット曲をやってるんだけど…そもそも、なんでこの形になったか?っていうと、これまでアルバムにソロ曲ってコンスタントにあったものだけど、特に近年はソロでいろんな事をやり尽くしてきたこともあって、今回は1人でやる必要性を感じないってメンバーもいたのね。であれば、無理に入れることもないし、じゃあ、別の形にしようって…。まぁ変な話、ライブで考えると、ソロがないっていうのは着替えとか移動とか実質的な構成を考えると、結構大変なんだけど(苦笑)。でもそれは、今回に関してはこういうタイトルでやってるし、違う見え方になるようにやるっていうのも1つあるんじゃない?ってことで、じゃあ、ユニットやってみますか!と。ただ、全組み合わせをやるわけにはいかないから、制作側からユニット案を提案してもらって。だから、今回の組み合わせは、自分たちが「この人とやりたい」っていうよりも、制作陣が聴きたかった、見たかった人選だったってことですね(笑)。

 相葉:
今回ソロはないけど、ユニットでやってるからね。ソロって、別に…毎年絶対やりたい、やらなくてはいけない、っていうわけではないし。今回も最初に制作チームと皆で「ソロって絶対あった方がいいのかな?」っていう、その意思の疎通はとった上で決めてるからね。僕個人としても、ある程度ソロでやり尽くした感があって…特に前回の『Are You Happy?』の時は、ソロだけじゃなくて、ディレクション(メンバーによる監修)曲もあったじゃない?結構いろんなやりたい事を詰め込んで、ごちゃまぜのカオス状態だったから(苦笑)。正直、「次、どうしようかなぁ?」って思っていたところだったんだよね。だから、今回ユニットになって「その方がアイデアが膨らむかもな」っていうのは思ったかな。だから、俺的にはちょうど良かったって感じはあったね。ソロだけにこだわるんじゃなくて、そういうものも選択肢にあっていいと思うし。いろんな可能性を作っていきたいっていう意味でも、良かったんじゃないかなって。

 

以上が、嵐がパンフレット個人ページでそれぞれ語っている『ソロ曲』について。
櫻井くんだけはソロ曲について触れていないのだけど、他の話についても別媒体での既出話と被る部分が多く、そのせいで端折ったのかもしれない。
なので、櫻井くんの『ソロ曲』についての言葉は、補足的にこちらを。

 

日経エンタテインメント!2017年11月号
(ユニット曲は他のグループでも人気のコンテンツだ。嵐はこれまでなぜ、音源化しなかったのか。)
櫻井:やる必要がなかったから…かな。組み合わせのバリエーションが限られてる5人という人数であることと、それぞれのファンの人が喜んでくれるソロ曲があればいいという理由からですね。それ以上は別に、必要なかった。
今回も、出発点は当然のように「ソロはどうする?」ってことだったんです。でもそこでまぁ“点検”じゃないけどーーーずーっとソロやってきたけど、今年やる?どうする?って洗い直した時に、「じゃあ久しぶりにソロやめてみる?」って話になり、「じゃあ代わりに何やる?」「ユニットやってみる?」ということに。ユニット曲をやりたいというよりも、1回ソロ曲を休んでみようということから出てきた案だから。

(今回の各ユニットの組み合わせは、スタッフからの提案ベースだという。)
櫻井:僕らは「絶対こいつと組みたい」「こいつとは組みたくない」があるグループじゃないからね(笑)。だからスタッフの案をそのまま受け入れました。

 


再び「untitled」パンフレットから、
talk about「夜の影」

松本 この3人で何をやるか?って話をした時に…そもそも、制作陣からは「3人にはダンス曲をやってほしい」っていうことがあったし、今回は大野ソロが見られないから(笑)。そういう意味でもぜひリーダーが振り付けをやってくれる曲があった方がいいんじゃないかなぁと思って。それで…オファーしたら、快諾してくれたんだよね(笑)。
二宮 やっぱり、先生の振り付け曲は見たいもんね!
大野 …うん(ちょっぴり不満げ)。
松本 だから、どういう曲にしようか?というより、リーダーが振り付けやすい曲がいいんじゃない?っていうところから曲選びが始まって。まぁ…それってどんな曲よ?って話なんだけど(笑)。
大野 そうだよ…「振り付けしやすい曲って、何!?」って思ったよ(笑)。
二宮 最終的に、3曲ぐらい候補がある中でね?
松本 そう。結果「これかな」ってサトシ・オーノが言った、この曲になりました。
大野 でも…まだ何も浮かんでないよ?これから、やってみないと分かんない。
松本 演出のイメージは、二宮さんが「こういうのはどう?」っていうのを提案してくれて。なので、この曲に関しては、二宮さんの演出と大野さんの振り付けに僕は乗っかっていこうと思ってます!大変だと思うけど、お願いしますね‼
二宮 いやいや。ここで、俺らが「大変です」とか言ったら…松本さんは、いつも全部を決めてくれているからね。
大野 そう、松潤は一番大変だから。
二宮 だから、せめてこの1曲ぐらいは…ね?それぐらいの手助けはしないと。
大野 助け合って、ね!
二宮 ね、みんなで嵐だから!(笑)とりあえず後はもう、大先生に振り付けが降りてくるのを待つだけですね!
大野: …うん。降りてくるのを待ちだね。
二宮 先生も待ってるからね(笑)。
松本 この3人が得意そうなダンスのイメージとか、あるの?
大野 いや、それもまだ見えてない。とにかく、まず自分が動かなきゃ分かんないから。3日間ぐらい、スタジオにこもりますよ。
二宮 あ、3日間でいいの?
大野 とりあえず、ね。
松本 逆に、3人でやりながら作っていくでもいいし。
二宮 うん、そういう方がいいなら言って。
大野 了解。頑張りますー!


ユニット曲については各人が個人ページでも話していて、大野くんいわく、今回彼が振り付け担当するのは「夜の影」1曲だけとの事。
そのユニット曲の振り付けや、ツアーレポから知れる大野くんソロダンス演出など無ければ、今回はソロ曲もなく一人だけコンビ曲もなく、多くの大野くんファンが本当にもっと寂しいことになっていたんだろうなぁ、とつくづく…。

だから、私は松本くんにはお礼を言いたいのです。ありがとう。

 

それにしても大野くん…、
例年よりも担当するツアー振り付けも少ないなんて、ほんと、何かお忙しいんでしょうかぁーーーっ??。。※。.:*:・'°☆


パンフレットでは、もう一ヶ所、ソロ曲について大野くんが触れているページがある。
キリがないので要約すれば、

 

今回ソロをやらない事も含め、嵐はまだ“進んで行く途中”の未完なグループで、たぶん同じ事をやっていても仕方がないし自分達でつまらなくも感じてしまうから、面白そうな事は取り敢えずやってみますか!って感じ。
一方で、これからも変わらず、今、目の前のことをちゃんとやって行くだけ、その結果が今で、今後も『そうしていく先に、自然と景色は広がっていくのかなって思う』

 

という事を、彼らしいもっと柔らかな物言いと表現で語られていた。
今回のアルバムについて大野くん本人から語られる言葉は、もう大体ここまでかな?

前記事にも綴ったように正直、感情の忙しい今秋ではあったけれど、彼の、そして彼らのこれからの進化を、取り敢えずわたしは期待を込めて見守りたいと思う。

まずは、「untitled」ツアーが嵐5人、スタッフ、ファン、皆さん全員が怪我なく無事に終われますように。
ツアーレポのお裾分けで楽しませていただきながら、セル映像化を待ちながら、同じ空の下からわたしは応援しています。

 

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【ランダムに思い出のARASHI DISCOVERY】2016年7月8日(金) 母との想い出(涙が出そうなくらい幸せだったの)

ラジオメール
『私は幼い頃、もしも明日起きた時、親が消えていたらどうしよう、という不安を何故か常に抱えていました。
だから毎晩、「おやすみ」と一緒に、明日も絶対会うという約束の意味も込めて、「また明日ね」と付け加えていました。
今思うと自分の事ながら可愛い話だなと思います』

大野
「うん、確かに(笑)」

ラジオメール(続き)

『大野くんは古い記憶で印象に残っているものはありますか?』



大野コメント
 
言葉と言うかね、未だに忘れないのがね、よくたまに母ちゃんに言うんだよ。

ボクがね、多分、3~4年生の時かなぁ。アニメの店があって。ぼくドラゴンボール好きだったから~。

で、ドラゴンボールの、ノートとか、色々、母ちゃんが、買ってくれたのよ。その時ね、一番母ちゃんが大変な時期だったのは覚えてるの、色々あって。

でも、合間で、ボクをそういう、アニメの、ショップに連れて行ってくれて、その後、公園で、、かき氷を一緒に食べたのかな。母ちゃんと。



それが、どぉぉ~~もっっ、幸せで。アハハハハハハハハ(笑)

未だに思い出すわけ涙が出そうなくらい幸せだったのオレ。

それ覚えてんの。それを未だに言うんだよ。あん時覚えてる?オレすごい幸せだったよっつって。



全っ然、覚えてないからね、あの人。まぁ忙しかったからだと思うんだけど。

だから逆に、子供ながら、あんな忙しいのに、合間でそれをやってくれたっていうのがあるんだろうね。子供の時に。

それはね、忘れられないね。あ~、未だに。え~、まぁ皆さんもそういう想い出あると思う。忘れちゃダメだね、こういうのはね。はい。



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映画『忍びの国』感想 その3(※とってもネタバレあり)字幕上映を観た

 

 

※ラストのネタバレもあり※

 





地元映画館でもようやく始まった忍びの国字幕上映 を早速観てきた。

おたく力発揮なのか、無門の台詞に取り零しはなかったけれど、他にはポツポツと聞き取れていない箇所もあり、また新鮮な気持ちで鑑賞する事が出来た。
一回観た方にも十回観た方にも、字幕上映 は是非是非おすすめ!


一例を挙げれば、下山甲斐
終盤の本戦で、とっくに愛想を尽かされた息子にまで「わしを守れ!」と見苦しく叫んでいたこ十二家評定衆は、冒頭の下山砦で我が子を殺めるつもりの「川」の指令前にも周りの下忍たちに向かって同じように叫んでいたんだなとか。
クズ設定が最初から一貫している事が更に強調されて解った。

Twitterで呟いた、信雄を身を挺して守っていた鯉?兜の重臣はやはり豊前守殿(ぶぜんのかみどの)」と字幕が出ていた記憶。

そして、エンドロールの主題歌「つなぐ」にも歌詞が字幕で流れるのが素晴らしい。
やはり映画本編とリンクさせているタイトルや歌詞なだけに、一般の方にもそれが担う役割に気付いて貰えると嬉しいし、自分自身にも再度染みる。

 

 

忍びの国』パンフレットより、中村監督談


主題歌の歌詞がまさにそういうものになっていて、僕の言いたかったことを感じてくれたんだなと思い、感動しました。

 

 



字幕上映もそうだけど、何度も通う内に“気付き”が増えて行く。
何度観ても飽きない作品とはそういうものなんだろう。


今日、なんとなく改めて気付いて切なくなってしまったのは、無門が失ったものはお国だけではないという事だった。


価値観の違う集団の中で、ずっと一人孤独に絶望し続けていた平兵衛は、十二家評定衆の謀略を話してもまだ響かない様子の無門にも哀しく絶望する。
それゆえ起こる、最期の「川」なのだけど…。

 

忍びの国』パンフレットより、中村監督談


川のシーンを編集している時には、思わず胸にこみあげてくるものがありましたね。二人は戦わざるを得なくなっているけれど、もし仲間ならどれだけ最強なコンビだっただろう。二人が組んでいたら無敵だったろうな、と。

 

「わしは…人として、死ねる…」
あの対峙の中で、変わって行く無門の心に気付いたからこそ平兵衛は穏やかにそう、目を瞑る事が出来たのではないか。
彼が無門に「人」の魂をつないだのではないだろうか。
やっと同じ「人」の心を持った伊賀者と対峙し無言の交流を経て、長い間の孤独からも解放されたのかな。

だけども、無門がようやく「人」として目覚めた時、もう唯一のその理解者はこの世に居ない。
何故なら、彼自らの手でそれを葬り去ってしまったから。

「フッ…虎狼の族(ころうのやから)か…」

今度は無門が孤独の世界に独り取り残されることになった。


そんな事を考えながら映画館を出たら、夏の真っ青な空が広がっていて、なんだか涙ちょろり。

 

忍びの国』僕は平兵衛は、人であることに憧れた悲しい忍びとして演じたつもりです。

復讐の連鎖を止めたのは平兵衛ではないのです。

 

 

鈴木亮平さんが、映画公開後に彼のTwitter公式アカウントでこう呟かれていた。

人間らしい愛情深さがある人だからこそ復讐者となるんだろうに、実際に復讐に手を染めれば妄執の鬼となり人間らしさを失って行くという、復讐者の常。
亮平さんは、平兵衛は極端だと思うと何かの媒体で話されていたっけ。


弟を殺されて、伊賀者への復讐心に燃え国を裏切り下忍を斬りまくった平兵衛と、
唯一無二の最愛の人を殺されて、反撃する事なく静かに立ち去り、彼女とも夢みただろう未来に人の命をつなぐ無門

変わる連鎖の形。

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そんな最後の希望「ネズミ」
雑兵の扮装を脱ぎ捨てネズミを見た瞬間の無門はヘラヘラ笑っていて一瞬変わっていないのかと思わせる。
が、次の瞬間、無造作にネズミの手を繋いだ無門の顔はもう以前の無門ではない。

ここの自然な表情変化も何気に大野くん上手いなと思った所。

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そして、Twitterでも呟いたのだけど、やはり同じ場所だろうと思う。

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冒頭で「虎狼の族(ころうのやから)」伊賀者がワラワラと通って来た獣道のような場所を、最後は子供の手をつなぐ「人」になった伊賀者が歩き去って行くという、心憎い伏線回収。
本当に最後まで抜け目がない映画だ。

 



ついでに。

時折見かける、織田側を正義とし伊賀側を人でなしの悪として描き切ってしまう価値観の決め付けってどうなんだ?問題については、
個人的にはこう思うので、記録として一応ここにツイートを纏め置いておく事にする。

 

 

映画『忍びの国』感想 その2(※とってもネタバレあり)

※致命的ネタバレありまくり※


前記事、

映画『忍びの国』感想(※とってもネタバレあり) - ネコの尻尾を追いかけて

このネタバレ感想追記を少しだけ。

 

 


虎狼の族(ころうのやから)たちが価値を見ていた、城一つ建つにも値すると言われる名器「小茄子」と、
それはあくまで“手段”として、無門が本当に価値を見ていた「お国」が、終盤の平楽寺で壊され壊して同時に、この世から消え果てる。

己の心を守る為に自分を欺き続け、過酷過ぎる半生から目を反らし内省せず、人でなしでなくては生きられなかった、無門の呪いが完全に解けたのは、あの瞬間なのかもしれない。



無門は他の虎狼の族(ころうのやから)達とは、やはり少し違っていた。

本当ならお国が言ったようにあれだけ優秀な忍びなら、「羽柴某」かのように立派な侍にだってなれる、もっと金持ちにだってなれる素養だってあっただろうに、
彼はただ、時々忍び暮らしをして小銭を稼いで、あとはお国とのんびり平和に暮らして行ければ、それだけで「楽園」が得られる人で、本当ならでその「夢」は叶うはずだった。

 

あれだけハイスペックなのに、あの世界でのし上がる欲のない中の人(*´・∀・)にその辺、似ていると言えば似ている。



だけど、無門が「死んだ」と聞いて、お国もまた気付いてしまう。
大切な人を失ってみて初めて、また改めて、人としての「気付き」があったのは平兵衛無門ばかりではなかった。

無門がどれだけ自分を大切に想っていてくれたのか、自分がどれだけ彼を大切に想っていたのかを、お国が気付いてしまったばかりに、皮肉にも無門夢みた「楽園」は消えた。


「気付い」てしまった平兵衛お国は死んだ。
彼らは「人」として生きて来られたから。
「気付い」てしまった無門は生き残った。
これから、ようやく「人」として生きて死ぬために。